「不殺生戒」は、仏法の永遠の軌道である――。
なぜなら、人類の食性は、「穀・菜食」であるからだ――。
進化論のチャールズ・ダーウィンと晩年のアインシュタインも、人間の食性は「菜食」であることを指摘をしている。医聖のヒポクラテスとイエスもベジタリンであり、菜食を勧めている。
これは、学問のプリンキピア、原論とならなければならない、人間の真実なのである。
報道、栄養学、医療、行政により隠蔽される人類の真実である。特に日本は酷い。
ベジタリアンの科学は、インターネットと欧米のベジタリアンの爆発的流行により、広く知れ渡って行くところである。
例えば、「VegSource」と言うベジタリアンのレシピサイトには、専門家として、ほんとうに多数の医学博士らが紹介されている。どんどん増えて行く勢いである。日本はこれと真逆を行っている。
日本においては、森下敬一博士くらいしか、私は知らない。それが戦後支配というものだ。
GHQの戦後政策は、日本人の強さ、美しさを、正しさ、意図的に奪ったのである。その政策・宣伝を延々と行政、報道、栄養学、医療が行い続けている。
仏法の菜食を点検したいのであるが、不殺生戒という倫理的な戒律側面以外に、菜食に関する主観的な感想や言及も無ければ、統計による科学もない。
御書を確かめても、ただ不殺生戒と言う言葉が出てくるだけであり、日蓮大聖人が、どのように厳格に保ったかが、四恩抄に端的に書かれるくらいである。
「世末になりて候へば、妻子を帯して候比丘も人の帰依をうけ、魚鳥を服する僧もさてこそ候か。日蓮は、させる妻子をも帯せず、魚鳥をも服せず、只法華経を弘めんとする失によりて、妻子を帯せずして、犯僧の名、四海に満ち、螻蟻(ぎろう)をも殺さざれども、悪名一天に弥(はびこ)れり」(938頁)
(通解)余が末になったので、妻子を持っている僧も人の帰依を受け、魚や鳥を食べる僧でも人の帰依を受けるのだろうか。日蓮は、そうした妻子を持たず、魚や鳥をも食べず、ただ法華経を弘めようとする失によって、妻子を持たずして犯僧の名が国中に満ち、螻(ケラ)や蟻(アリ)さえも殺さないのに、悪名が天下にはびこってしまった。
この背景には、奈良時代の仏教に基づいた律令として、675年に天武天皇が発令した「肉食禁止令」が、1200年日本に続いており、鎌倉時代も「肉食禁止令」が繰り返し発令されて、菜食は国家による規定であり、日蓮大聖人が、改めて発言する必要がなかったということがある。
鎮護国家の思想を取り入れた聖武天皇が、737年に「魚介類の許容」を発して、小魚・鰹節を食べる文化が保持され続けてきたのが、日本である。
ナショナル・ジオグラフィックが発見した『ブルーゾーン』と言われる、かつての百歳を超える沖縄の長寿者の調査でも、不殺生の戒めを続ける律令の影響が色濃く残っていた。小魚すら食べていない。
菜食者は、健康長寿であることは、現代の科学では明らかな事実なのである。それは1977年のアメリカ上院の「マクガバン報告」や、栄養学の金字塔と言われる2005年の『チャイナ・スタディ』を学べば、明瞭となる。
「肉食禁止令」の理由としては、倫理的側面以外では、東洋医学的には、二千年前から「万病一元、血の汚れから生ず」と言われ、「血の汚れ」が指摘されている。「腐」という漢字は、「腸」である「腑」の字に「肉」が入ると、「腐る」と表されてる。日本人は、この「汚れ」を「穢れ」として、食べるのを避けて来た。
実際、肉が消化排出される時間、体温と同じ温度のお湯で温めも、肉は腐る。こういう腐敗物の品数が山のように多いと、やまいだれの「癌」になる。非常に鋭い感性で、漢字が形成されている。
肉食による「腸内の腐敗」によって、血が「穢れ」、現代日本は、3人に1人が、「癌」で死に、さらには、2人に1人が「癌」で死のうとする狂った時代である。
肉食の精神的な影響は、マッカリソンの実験が象徴的である。
1920年インド国立栄養研究所にマッカリソン博士が所長として赴任し、「不老長寿郷のフンザ」の話を聞いて、現地を調査。
博士は、フンザの畑でかいがいしく働く老人たちの多くが100歳以上と知って驚愕する。どう見ても、50から60歳代にしか見えなかった。博士は長寿者の家々を一軒ずつ回って、その食生活を丹念に調査した。博士は驚愕体験の謎を解明するために、以下の実験を行いました。マウスをA, B, C群に分けて経過観察。
A群フンザ食:チャパティ(雑穀パン)、もやし、生人参、生キャベツ、殺菌されていない生牛乳。
B群インド食:米、豆類、野菜、肉類などを調味料を使い料理したもの。
C群西洋食:白パン、バター、ミルク、砂糖入り紅茶、野菜の煮つけ、ハム、ソーセージ、ジャムなど。
生後すぐのマウスから開始され、27か月続行された。これは人間の寿命に換算して50歳までに相当。
A群フンザ食:マウスは、ただの一匹も、ただの一か所も、病的変化は観察されず、100%完璧な健康状態だった。
B群インド食:マウスの約半数に、脱毛症、う蝕症(虫歯)、肝炎、腎炎などの病変が発病していた。
C群西洋食:マウス全匹に、例外なく、各種各様の病変が検出された。またこの西洋食群では、身体的病変の他、精神異常もみられ、共食い現象を引き起こした。
「このマウス実験結果は、そのまま、そっくり現代人間社会の病態生理現象として適用します。肉食栄養学を完成させた欧米、とくに大量肉食の米国では、肉食によるガンや血管・心臓病などの慢性病のほかに、多発する肉食性精神病にも悩まされています」(森下博士)
B群の現代人が考えるバランスの取れた食事は「半病人」。森下博士の調査では、フンザ長寿者は、純菜食のヴィーガンであることが明らかになっている。菜食と健康状態の研究が多い中、この実験は、肉食や砂糖の「穢れ」が、精神に及ぼす影響を端的に表している。
アメリカの刑務所の調査では、収監者の80%が低血糖であったという例がある。肉食の上に砂糖の取り過ぎが犯罪の原因であった。つまり、低血糖時のアドレナリンのイライラや攻撃性が犯罪の原因。
これらを考えると、精神修行、精神修養を目指す仏教徒が、戒めを破って、肉食をするのは、まったく好ましくないことであることが分かる。精神の「穢れ」を祓うために、肉や砂糖を制限し、菜食を行うことが理に適っているのであるが、仏教徒がそれを行わずに、血を穢し、脳を破壊する精神科の薬物に頼ると言うことは、とんでないナンセンスであるのだ。
戦後GHOに意図的に葬られた漢字に「氣」という字がある。「氣」と言う字は、目に見えない拡散するエネルギーが表現されているが、これが「気」に変えられ、エネルギーが「〆め」られている。そして、そのエネルギーを表す文字の「米」とは、当然「玄米」である。白米は「粕(カス)」と表現され、カスには「氣」は存在しないのである。「氣」が死んで発芽できない白米では、米は貯蔵できないのが常識である。
また、日本では、「穢れ」を祓うのに、「塩」が使われて来た。「塩」も「氣」の源である。氣の満ちたもので、「穢れ」を祓うのである。1988年のインターソルト・スタディでは、「世界の経済先進国で一番塩分摂取量が多いのは日本人は、世界最長寿である」とあり、塩が足りない方が病気になりやすく短命である。日本の塩田の伝統製法で作る海塩は、生態系を育んだ源のエネルギーそのものである。これをGHQは「化学塩」にすり替えている。これには、「氣」は存在しない。ミネラル不足となり、森下博士が言う一日15gも摂取できるものではない。シルクロードは、シルクロードではく、「塩の道」だと言われる。塩を舐めなければ、険難の旅は続けられないのが常識なのだ。
伝統的に、日本の神棚に祭られて来た「氣」の源である「玄米」と「海塩」の二つのを、GHQは日本の強き精神と肉体のエネルギー解体のために、意図的に破壊したのだ。そもそも日本陸軍は、通常の軍隊より5倍強かったのだ。戦後の余剰物資である精白小麦と腐った脱脂粉乳を、日本に持ち込んで食べさせたり、肉食の推進運動を行ったり、砂糖を食わせたのも、意図的な食の破壊である。それを日本の政府とマスコミは、ずっと煽り続け、病気だらけにし、鬱気味の思考停止した日本にしている。
米は、歴史的に貴重なものであった。
御書に、周の武王・太公望に滅ぼされた中国最古の王朝である殷の紂王という悪王が出てくる。最新の考古学研究では、殷とは盗賊マフィア国家であった。南方の地域の豊かな稲作地域と違い、殷の中国は、小麦などしか栽培できない餓えた地域だった。一つの土地で連作可能な稲作と違い、小麦は農地を変えなければならない焼き畑農法である。このため十分な量の穀物が穫れない貧しい国土なのである。その中国で、略奪と殺戮を行っていたのが、殷であった。殷の遺跡から大量に殺された人骨と、それに刻まれる甲骨文字が発見されている。ネズミも餓えれば、狂い共食いする。この紂王を成敗し滅ぼしたのが、武王・太公望である。
このような争いが絶えない貧しい国土に対し、日本の風土は水が豊かであり、1万6000年前から続く縄文時代から稲作が行われて来た。縄文人は平和な人々である。中国の稲作の長江文明が栄えた地域の米と、日本の米は遺伝子的に繋がっており、また人のDNAも繋がっていることが明らかになっている。長江文明を築いたのは、7300年前のアカホヤの大噴火によって、日本列島から長江に渡った稲作の縄文人だとも考えられる。その子孫がまた日本列島に移り住んで来たのが、弥生人だと考えられる。縄文人と弥生人が争った痕跡はないのだ。稲作は人々を平和に育み、高度な文明を育む。シュメール文明を育んだのも、アカホヤの大噴火によって移り住んだ、縄文人ではないかと言われている。この文字文明を持っていたと思われる高度な縄文人は、古代イスラエルと古代エジプト文明の関係性さえ指摘されている。
稲作の広がりは、弥生時代から、古墳時代へと受け継がれる。古墳時代の古墳とは、稲作水田を広げる事業が活発に行われた痕跡である。耕作地を作って出来た土盛りの跡が、古墳なのである。決して、貧しい国土を武力で平定する絶対の王が、その権威と力を示すために、作ったものではない。ここが、中国や欧米とは、決定的に違うのである。日本は稲作によって、国民が豊かさを広げ、子孫を繁栄さえ、その王権も、ずっと平和に保たれて来たのである。
そして、仏教が伝来し、聖徳太子によって、平和の源である十七条憲法が作られて、大化の改新が起こり、仏教による律令国家が作られて行く。そして、天武天皇の「肉食禁止令」の1200年へと繋がっていく。
魏志倭人伝には、邪馬台国の風習として、人が死んだ後の十余日間は肉食を避けるというものが、記されている。肉食は「穢れ」であり、人の死に際しては「穢れ」を祓い、故人を惜しみ、死者の喪に服するということだろう。神道は古事記・日本書記形成以前からの、その「穢れ」観を、仏教の不殺生と結びつけたのである。天皇は米を司る祭司であり、米を主食とする民族・文明の中心にある存在であった。天皇の尊称はスメラミコトであり、スメラは「澄む」であり、ケガレの対極なのである。それが「統(す)べる」という意味であり、その天皇と対立するのが、肉食であった。
このように、本来、「穀・菜食」の食性を持つ人類は、争い穢れを避け、豊かさを求めて、稲作を率先して選び、その繁栄の、最も高度で、平和な文明を築いたのが、日本なのである。
ベジタリアンが爆発的に流行する欧米の研究では、石器時代の人類も、ベジタリアンではなかったかいう検証もなされている。欧米人の祖先の一部とされる、骨格まで癌だらけのクロマニヨン人と違う祖先を探している。ヨーロッパはそれほど、貧しく肉食が入る。
「マクガバン報告」は、病気だらけ肉・精白だらけの先進国の食生活を「貧しい食事」と定義付け、病気の少なく肉が少なく精白のない後進国の食事を「豊かな食事」と定義している。それと、人類の歴史と繁栄は同一なのであった。
現代文明は、物質的な豊かさとは別に、確実に滅んで行っている。人の心が乱れ、社会が乱れ、少子化が進んで行くだけではない。放牧は、緑豊かだったアフリカにサハラ砂漠を作っただけでなく、アメリカ西部は、第二のサハラを決定付けている。そして、「地球の肺」と言われるアマゾンに、第三のサハラ砂漠を作ろうとしている。畜産は、最も酷い生態系の環境破壊なのである。
アマゾンの熱帯雨林は、アメフト会場ほどの広さが、“毎秒”失われている。家畜による温室効果ガス排出は地球上の全車両の86倍であり、世界で500か所以上の酸欠海域を生み出し、生物が死滅している。ハンバーガー1個あたり、熱帯雨林約6畳分が、犠牲となり消えて行く。
人類は5人に1頭の割合で、牛を飼っている牛の惑星と化している。ハンバーガー1個に使用される水は2・4トンに達する。畜産物の生産のため、世界の農地の83%が使われている。家畜は、生産される植物たんぱく質の6倍を消費する。単純計算で、人間が直接、その作物を食べれば、6倍の人が生きていける。つまり、肉食者は、貧しい国もある中で、人類の5人分の食料を独り占めしているのだ。
2050年か2060年頃には、人類は人口100億に達して、農地が不足し、食料問題が間違いなく発生する。このまま環境破壊を続け、地球全土を永久不毛の砂漠にするか、中国のように人口抑制するのかという話になる。しかし、答えは、インドや中国の田舎のように、人類は、はじめから菜食を続けていれば、良いだけなのである。
「地球の肺」の消滅リミットは、後50年。今結論を出しておかないと、人類は、その「穢れ」と共に滅んでいくだろう。
野生動物を寿命の長きの順番で並べてみると、肉食は短命であることが、一目瞭然となる。
草食のゾウは60~70年、サイは50年、カバは40年。雑食のヒグマは20~30年。肉食のトラは15から20年。ライオンは10年~15年となる。
子供でも比べれば分かる、長生きと短命の事実である。
森下博士の長寿研究だけでなく、日本では、近藤正二博士の「長寿村・短命村」の比較研究も興味深い。
長寿村の三重県志摩半島の農漁村国崎の例では、米・麦・さつまいもが主食。魚介類は豊富だが、商品価値の高い魚は村外に売り、丸ごとの小魚を主に食べ、畑で大豆や野菜を作り、動物植物比のタンパク質は動物偏重ではなかった。海草も常食する。国崎の海女たちは、70代80代でも現役であった。これと比較して、短命村の能登半島の輪島の海女では、魚も肉もたくさん食べ、米は普通の白米よりも、もっと白くしていた。彼女らは野菜もあまり食べない。輪島の海女は体が大きいが、40代で引退しはじめ50代はいない。博士は長寿村の食事を「豪華な食事」と言い、短命村の食事を「貧弱な食事」だと言う。博士は1971年まで日本の1000以上の長寿村・短命村を訪れている。
人間の歯並びとして、臼歯:門歯:犬歯の比率は、5:2:1。これに従えば、穀物5:野菜・海草2:小魚1が理想となる。これは森下博士の研究の結論である。病気・症状の場合、栄養的に、小魚1は欠かせない。
菜食者は、豊か、あるいは豪華な食事をしているので、快楽や幸福感のホルモンであるエンドルフィンがでて満たされる。貧しい、あるいは貧弱な食事をしているとエンドルフィンがでないので、いつも不満なのである。それが人間のDNAであり、ベジタリンの科学と長寿研究の結論なのである。
森下博士の長寿研究では、人間の天寿は150歳であり、現代日本でも上手くやれば健康寿命120歳説である。
四恩抄には、「仏の寿命、百二十まで世にましますべかりしが、八十にして入滅し、残る所の四十年の寿命を留め置きて、我等に与へ給ふ」とある。
(通解)本来仏の寿命は百二十歳まで、この世にいられるところであったが、八十歳で入滅し、残るところの四十年の寿命を後世に留め置いて、我らに与えられたのである。
森下博士の訪れた長寿郷では、実際に120歳のヴィーガンもいただろう。南伝仏教では「一日一食は聖者の食事。一日二食は人間の食事。一日三食は畜生の食事」だと伝えられ、ブッダは一日一食であった。同様の言葉は、西洋中世にもある。「一日一食は天使の生活。一日二食は人間の生活。一日三食は獣の生活」だと。中世まで、世界中人々は一日二食だった。
森下博士の研究でも、菜食と少食は長寿の源である。肉食者はいない。そして、良く働きよく動いている。100歳まで木登り当たり前だった。ブッダはよく語りよく歩まれた。
これは、現代栄養学に真っ向から反する結論であり、時代が理解するには、ほど遠いかもしれないが、真面目な仏教徒なら、本来理解できる領域なのである。
不殺生戒を倫理的に語れば、人間の感性として、餓えでもない限り、目の前の動物を殺して、食べられるものではない。切り身だけを見ているから、何の感性も働かず、機械的に食べているに過ぎない。
貧しい、あるいは貧弱な食事をしているから、エンドルフィンに満たされず、余裕もなく、「穢れ」から神経伝達も乱れて、正常な感性が働かないのである。穢れたドロドロの血液は、人体の95%の毛細血管を詰まらせる。落ち着いた集中力もなく、持続した滑らかな思考もない。
そもそも、鼻の感覚は、いつも正直であり、貧しい、あるいは貧弱な食事をしている人は、息が臭く、体臭も臭く、屁も便も臭い。それに対し、菜食者は、まったくどこも臭わないのである。これほど正直で、分かりやすい器官もないのである。
1872年明治政府は「自今僧侶の肉食妻帯は勝手たるべき事」と布告。それと共に仏教界は、ブッダ以来の不殺生戒を放棄。仏教界は、自律と抵抗力のなさを見事に見せつけている。1868年の「神仏分離令」で、神仏習合が解体され、神社における廃仏毀釈が行われた混乱期であり、明治政府の法整備によって、寺院はその潤沢な経済地盤を失った。あまりに酷い有り様だった。しかし、だからと言って、自らのアイデンティティーまで、放棄して良いなどというものではない。江戸幕府に檀家制度で、庇護され続けた仏教とは、自立したものでなく、権力の一部でしかなかったからだと言える。そして、人も衆生も自らをも救わない葬式仏教だけが残る。単なる世捨て人集団となった。
1991年、私は創価大学で森下敬一博士の講義を聞いている。当時の青年部大学校高運動で、講師を招いて大いに学んで行こうという企画であった。八王子に森下長寿研究所があったため、健康がテーマで、八王子学生部に呼ばれたのである。
自己紹介の後、「他の講師は全部ダメでしょう。私の話だけ覚えて帰ってね」と言ったのが、印象的だった。当時なぜそんなことを言うのか、分からなかったが、今では良く分かる。栄養学はダメだし、医学も9割がまったく不要なのだ。
「創価学会はどんな宗教か聞いてみた。そしたら仏教だと言う。仏教は菜食だから、そいじゃ、菜食の話しようか」と言って菜食の話を始めた。
「人間の食習慣として、菜食が正しい。仏教が正しい。だけど菜食をやってないないと言う。これじゃダメだ。呼んでくれた人も菜食じゃないと言う。じゃあ何で私呼んだのかと聞いたら、八王子で高名な学者先生だからと言う。八王子に長寿研究所があったからだと言う。よく見つけてくれたねえ。それは有難いと思った。しかし、あそこに私はいない。あそこは、保養施設か博物館みたいになっている。長寿研究者とか、海外のお客さんを招いている。
私はいつもお茶の水にいる。お茶の水でクリニックやってる。病気したら、私のクリニックに来なさい。私が面倒みてあげるから。まだ若いから、大きな病気はしないと思うけど、大きな病気したことある? ・・・いないねえ。大きな病気したら、私のクリニックに来なさい。他の病院行っちゃダメよ。殺されるから。みんな知らないと思うけど、他の病院行ったら殺されるんだよ。うちに来たら助かるから。元気になっている」
「みんな本を読んでね。必ず読むんだよ。それで病気が治るから。難病も治している」
みんな元気になっていると言ったのか、何割元気になったと言ったのか忘れたが、森下博士の自然医学は、5万人診たガン患者の8割が根治している。
こんなことを言ったら、訴えられると言う人がいるが、私は訴えられても良いのだと言う。真実だからだと言う。
私は、大上段に、考えれない発言をする人物だと思った。「殺される」の意味が分からなかったが、しかし、治らないものが、治っていると言う。きっと何か根拠があるのだろうと思い、講義を記憶した。
「創価学会を折伏しに来た。『菜食』で折伏しに来た。折伏というは、折り伏すと言う意味だから、折り伏さないといけない。正しい食生活に折り伏さないといけない。仏教は正しいんです。だけど、正しいことやっていない」
農家は玄米で米を貯蔵しているから、玄米を買いなさいと言う。当時米不足で、タイ米を輸入していたが、学食で、玄米を農家から仕入れて、学生に玄米を食べさせなさいと言う。米不足でも農家には玄米があると。
「農家から玄米を買いなさい。みんなもそうするんですよ。お家やアパートで玄米を食べなさい。農家の人はお家から送ってもらいなさい。寮でもそうしなさい」
「池田先生はどういう生活されてるのか聞いてみた。あんまりしっかりした返事が返って来なかった。私が池田先生の食生活の指導したいと思っている。だって仏教なんだから。それで会員が健康になったら言うことないでしょう。みんな元気になりますよ。病気しなくなる。それで日本が健康になったら言うことない。それが本当の広宣流布です。みんな覚えて帰ってね。これ」
森下博士は満面の笑みでそういう。
「池田先生に本をお渡ししてくださいと言ったら、無理ですと言う。それじゃ、どうすれば良いんだと聞いたら、みんな送っていると言う。そうか分かったと思った。折伏の手紙書けば良いんだね。これ。贈る。贈ります。
みんな本を読んでね。書店で取り寄せてください。
菜食の中身の話をしたいが、これが長い。たくさん話さないといけないから。時間の問題もあるし、本を読んで勉強してください。今日は玄米の話だけです。それと広宣流布です。『菜食の広宣流布』。世の中病気だらけだから、『菜食の広宣流布』に希望を見い出してください。ほんとに大事な話なんです。
菜食で人は救えるんです。私のクリニックはそんな人ばかりです」
「自由診療」と言う言葉を初めて聞いたのは、森下博士からだった。1970年日本で初めての、保険制度を通さない「自由診療」である。「食養」と言う言葉も初めて聞いた。ガン、心臓病、糖尿病、難病等を治せる医者は、森下博士だけだった。まさか、この世界に医者と言うのが、一人しかいないとは思わなかった。その真実をよく理解したのは、22年後だった。
私は、森下敬一博士の「菜食の折伏」を受け継ぎたい。受け継いで「菜食の広宣流布」をやりたい。それが自分の使命だと思っている。仏法と菜食に、折り伏させないと、人は救えないのである。「従藍而青」の希望の時代を共に迎えたい。
<参考文献リンク>
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